東洋医学 伝統鍼灸 清明院

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肉食について⑪

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こんばんは。齋藤です。

 

 

 

前回の続きです。

 

 

 

肉食について

肉食について②

肉食について③

肉食について④

肉食について⑤

肉食について⑥

肉食について⑦

肉食について⑧

肉食について⑨

肉食について⑩

 

 

 

牛肉、鳥肉、豚肉、羊肉と書いてきました。

 

 

 

今回は馬肉になります。

 

 

 

まずは歴史から。

 

 

 

もともと日本に馬は存在せず、弥生時代末期ごろに大陸から連れてこられたのではないかと考えられているようです。

 

 

 

早く走る能力や持久力が着目され、移動の手段や農耕などに利用されるようになりました。

 

 

 

675年に天武天皇によって牛・馬・ニホンザル・ニワトリ・犬を食べることを禁ずる「肉食禁止令」が出されました。

 

 

 

ちなみに、この肉食禁止令ですが、全く食べては駄目ということではなかったようです。

 

 

 

毎年、4月~9月までの農耕期間に限り食用と狩猟が禁止されていたようです。

 

 

 

対象となっていたのは、牛、馬、猿、犬、鶏で、鹿と猪(イノシシではなくブタ)はこれに含まれていなかったようです。

 

 

牛や馬は農耕や重い荷物の運搬には欠かすことが出来ず、鶏は神の使いとする神道に配慮したからと考えられています。

 

 

 

また鹿は新芽を食べ、猪は夜間に農作物を掘り起こして食べてしまうし、共に農耕の妨げとなります。

 

 

 

ちなみに、このころ日本でも犬は食べていたようですが、猿は食べていなかったようですね。

 

 

 

このことから、675年頃には、馬肉は食べられていたことがわかりますね。

 

 

 

日本の肉食禁止令は仏教の考えがもとになっているようで、過去にこのような令を出した天皇や将軍はたくさんいるようですね。

 

 

 

馬肉を庶民が食べ始めたのは江戸時代ごろからといわれています。

 

 

 

馬肉・馬刺しを食べる文化が広まったのは、肥後熊本藩初代藩主の加藤清正にルーツであるという熊本県の俗説が有力です。

 

 

 

400年前の文禄・慶長の役当時に豊臣秀吉との朝鮮出兵で大陸に渡った際、食糧が底をつき、やむを得ず軍馬を食した事が発端となりました。

 

 

 

帰国後も好んで馬刺しを食べたことから領地である熊本で馬刺しを食べる文化が根付き、全国へと広まったと考えられているようです。

 

 

 

こんな事がきっかけなのですね。

 

 

 

さすが「地震加藤」です!

 

 

 

江戸時代には、食料としてだけでなく、滋養と強壮によい「薬膳料理」として扱われていました。

 

 

 

また民間療法として湿布のように火傷に貼ると、患部を冷やす役割を果たしていたようです。

 

 

 

身体を冷やしてしまうことから、「妊婦が食べてはいけないもの」などといわれていますが、実際のところは「リステリア菌とトキソプラズマ」に感染する可能性が高いためだそうです。

 

 

 

では、なぜ馬肉は「さくら」と呼ばれるようになったのでしょうか。

 

 

 

説がたくさんありすぎるため、以下羅列します。(笑)

 

 

 

ちょうど桜が咲く季節の馬肉が脂のバランスが良くて、美味しいからと桜肉と呼ばれるようになった説。

 

 

 

坂本龍馬が高杉晋作とお酒を飲んだ時に歌った、「咲いた桜になぜ駒つなぐ 駒が騒げば花が散る」という都々逸から、「駒=馬に桜」が一対の言葉となり桜肉と呼ばれるようになった説。

 

 

 

高村光太郎の詩「夏の夜の食欲」の、「浅草の洋食屋は・・・・・(中略)ビフテキの皿に馬肉(ばにく)を盛る。泡の浮いた馬肉(さくら)の繊維(後略)」の一節が元となり広まった説。

 

 

 

江戸時代には獣肉を食べる事が禁じられていた為に、役人にバレないように「猪=ぼたん」「鹿=もみじ」「馬=さくら」と、隠語で呼ばれるようになった説。 

 

 

 

千葉の佐倉に江戸幕府の牧場地があり、立派で良い馬が揃っていたことから、「馬といえばサクラ(佐倉)」と呼ばれるようになった説。

 

 

 

色々とありますね~。

 

 

 

個人的には、役人にばれないように使用していた隠語説好きですね。

 

 

 

続く

 

 

 

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こんばんは。齋藤です。

 

 

 

5月の様な気温が続き、半袖で歩いている人も多く見かけますね。

 

 

 

昨年とは違い、気温が高いため、夜のお花見も気持ちよく堪能でき、お酒も飲み過ぎてしまう人も多いのではないでしょうか。

 

 

 

桜も満開になり、少しずつ散り始めた今日この頃ですが、明々後日5日には二十四節気でいう「清明」をむかえます。

 

 

 

二十四節気で五番目に訪れる清明の期間は、4月5日~4月19日までとなっております

 

 

 

「万物発して清浄明潔(しょうじょうめいけつ)なれば、此芽は何の草と知るるなり」 と暦便覧にも記載されていますが、清明は「清浄明潔」の略で、万物がけがれなく清らかで生き生きしているという意味です。

 

 

 

 

花が咲き、鳥は歌い、空は青く澄み、爽やかな風が吹き、すべてのものが春の息吹を謳歌する頃で、各地でお花見シーズンを迎えます。

 

 

 

 

そんな清明ですが、大きく3つに分ける事ができます。

 

 

 

 

初候:玄鳥至(つばめきたる)4月5日頃

 

 

 

燕が南の国から渡ってくる頃。「玄鳥」(げんちょう)とは燕の異名です。

 

 

 

次候:鴻雁北(こうがんかえる)4月10日頃

 

 

 

雁が北へ帰っていく頃。雁は夏場をシベリアで、冬は日本で過ごす渡り鳥です。

 

 

 

末候:虹始見(にじはじめてあらわる)4月15日頃

 

 

 

雨上がりに虹が見え始める頃。淡く消えやすい春の虹も次第にくっきりしてきます。

 

 

 

昔の人は、鳥の動きや、虹の見え方で自然を感じていたところが、おもしろいですし、自然と共存している感じがしますね。

 

 

 

現代は鳥で感じるより、くしゃみ、鼻水で感じていることが多い気がしますが、、、、、。

 

 

 

また、中国の二十四節気では、「清明節」というのがあるそうです。

 

 

 

この節は、単なる節気ではなく、伝統的な祝日になっているそうです。

 

 

 

祖先のお墓にお参りし、掃除などを行う日でもあり、「掃墓節」とも言われているそうです。

 

 

 

日本でいう、お盆に似ていますね。

 

 

 

また、気候の良い春の時期を迎えて郊外を散歩する日であるため、「踏青節(とうせいせつ)」とよばれることもあるそうです。

 

 

 

ちなみに、沖縄では清明祭(シーミと発音)という風習があり、18世紀中国から伝わってきたそうです。

 

 

 

これは中国の清明節と同様に、祖先のお墓参りをして掃除をして、親族一同が墓前でお食事をします。

 

 

 

どの国でも自然を感じ、共存し、祖先に感謝するというのは、変わらないのですね。

 

 

 

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