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これまでのお話
大伯父の人生 2 参照
靖国神社での調査結果をもらった時、巫女さんに
「もうチョイ詳しい情報って調べられないんですか?」
と聞いたら、
「各都道府県に”軍歴”を管理している部署があるので、そこに問い合わせたら”軍歴”を取り寄せることが出来ますよ。」
とのこと。
・・・ほうほう。
で、さっそく群馬県庁に電話し、僕の免許証やら本籍確認やらなんやらを郵便でやり取りし、約2週間くらいで届きました!!
はいドーン!
これが軍歴なるものらしいです。
まあ要するに、大伯父が亡くなるまでの二年間、召集されてから亡くなるまでの間、軍人として勤務した勤務履歴ですね。
旧日本軍に所属していた人の親戚は、これを取り寄せることが出来るようです。
親類が戦没者でも、生還者でも、先祖の生き様の一部を知る、いい手がかりになると思いますので、興味のある人は取り寄せてみたらいいと思います。
これを見ると、昭和18年(1943年)、20歳の時に軍に召集され、最初は山口県の下関港から朝鮮半島の釜山(プサン)に渡り、北上して旧満州の防衛にあたっており、
その後、翌年、1944年の6月に、南方戦線の悪化を受けて、福岡県の門司港~台湾を経て、1944年の7月にはフィリピンのルソン島に渡って、
首都マニラの防衛をやっていた、とのことが分かります。
昭和18年(1943年)は前橋もまだ空襲されていませんから、あの平和な地方都市である前橋から、最初に鉄道で下関まで送られて、そこから船に乗った時の心境、
また、前橋でそれを見送った祖母や曾祖母の心境はどんなだったかと思うと、実にいたたまれませんね。。。
フィリピンでは、マニラの防衛にあたっていたということは、1945年の3月にマニラが陥落した時に、敗走した兵隊の中の一人であったか、あるいは事前に、
当時の山下奉文陸軍大将が撤退させた部隊の兵士の中の一人であったか、ということになります。
で、1945.3.5には、北部のソラノまで逃げていたけど、敵の追い討ちに遭った、というわけですね。
抗日ゲリラにやられたのか、米軍にやられたのか、詳しい死亡時の状況に関しては、今となっては知る由もないです。。。
なるほど、実に可哀想な最後だ。
22歳にして。
でもこの軍歴だと、1944年にルソン島に着いてから亡くなるまでの詳しい足取りが分かりません。
・・・で、さらに調べていると、なんとありました、大伯父と同じ部隊の生還者が残した記録が!!
続く
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2018.10.12
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前回のお話
大伯父の人生 1 参照
大伯父の足跡を知るため、今年のお盆の後に群馬から東京に戻って、まずは靖国神社に行ってみました。
旧日本軍の方で、大伯父を戦死者として把握しているのであれば、靖国神社に祀られている筈。
・・・で、行って調べたら、ちゃんとありました!!
下の名前の文字がハッキリしなくて、ちょっと手間取ったのですが、巫女さんが調べてくれました!!
この字を使って「乾二(かんじ)」とは、なかなか珍しいですね。
(”幹”の字を使って”幹二”だと聞いていたので、巫女さんを手こずらせました。。。)
僕としてはこの字を見ると、『易経』の”乾坤(けんこん)”の乾からとったのかな、とか、あるいは”いぬい”と読むことから干支の”戌亥(北西の意)”とかけてあるのか、
とか思ってしまいますが、本当のところどうなのか、今となっては知る由もないです。。。
(もしかしたら、PCもネットもない、戦時中のドサクサ当時ですから、役所の職員さんの書き間違いの可能性だってあります。(苦笑))
戦没者遺族は、靖国神社に行くと、こういうもの(調査結果)がもらえます。
これを見ると、ほうほう、階級は陸軍伍長、まあ、下士官の中では一番下、一兵卒よりは高い階級、ってやつなんですね。
ただ、戦死すると階級が上がることがあるようで、大伯父の場合は軍歴を見ると、戦死したことで「上等兵」から「兵長→伍長」と、二階級上がったようです。
(まあ、せめてもの供養みたいなもんか。。。)
所属部隊は野戦照空第二大隊、とあり、これはどういう部隊かと言うと、「照空」ですから、敵の戦闘機が来た時に、空をサーチライトのようなもので照らして、
撃ち落とす役割の高射砲部隊などを助ける、という役割の部隊なんだそうです。
(うーん、空が曇ってたりすれば見えないだろうし、当時のサーチライトなんて、大したものでもないだろうし、どの程度役に立つものだったのか、ちょっと想像がつきませんが。。。)
とりあえず、靖国神社での調査で、亡くなった場所と日時がハッキリ分かってよかったです。
ルソン島の中でも、大伯父が亡くなったソラノ(ソラーノ)は、市街地とは言っても、マニラの真北の山岳地帯の小さい集落で、ド田舎のようです。
1941年から1942年、大東亜戦争開戦初期に、日本はフィリピンに進軍し、当時フィリピンを植民地にしていたアメリカ軍、マッカーサーをフィリピンから追い出しましたが、
大戦末期のフィリピン戦では、1944年の10月の、有名なレイテ沖海戦に始まり、陸海での激戦を経て、甚大な被害を出しながら、12月にはレイテ島が陥落しました。
その後、1945年の1月にはルソン島に上陸され、激しい地上戦、市街戦の末、3月3日には首都マニラも陥落しました。
・・・まあ、開戦当時に敗走したマッカーサーの有名な
「I shall return.」
の言葉通り、日本の占領はわずか二年で、見事にリベンジされてしまったワケですね。
大伯父が亡くなったのは、このマニラ陥落のわずか二日後、ということになります。
今回、フィリピン戦に関して、初めて詳しく調べましたが、この後の、1945年の3.26から始まる沖縄戦が地獄であることは知っていましたが、
フィリピン戦もかなりの地獄でした。。。
3.3にマニラが占領された後の日本軍は、終戦後の9月まで、ルソン島北部の山岳地帯やジャングルに逃げながら、ゲリラ戦を戦っていたようですが、
このゲリラ戦は本当にタフな、地獄の闘いだったようです。
3月の段階で戦死した大伯父は、その地獄を味わわなくて済んだ、という意味では、まだ良かった方なのかもしれません。。。
続く
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2018.10.11
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墓参になんて、まったく興味のなかった私だが、数年前から、すっかり墓マイラーである。(苦笑)
墓マイラー 目次 参照
今回、鍼灸の学術や臨床とは一見関係ないようだけど、私の大伯父の人生について分かる範囲でここに書いておく。
今年のお盆に群馬に帰省した時、いつも母や叔母とともに、祖父方、祖母方の先祖の墓参に行くのだが、今年は何気に、戦争で亡くなった大伯父の話題になった。
大伯父とは、私の母方の祖母の兄にあたる人である。
私の親類の中で唯一の、大東亜戦争での「戦死者」だ。
恥ずかしながら、今までは
「戦時中に、南方のどこかで死んだ」
くらいしか知らなかった。
当事者が、戦争の記憶をどう伝えるかについては、各家庭によって全然違うようで、うちの場合は、まったくと言っていいほど戦争の話題は出なかった。
まあ、戦争はどう見ても大人同士のアホクサイ殺し合いなわけですから、説明しにくい、というのがあったのかもしれない。
今回、色々調べて分かったのだが、大伯父は終戦の年、1945年の3月5日に、フィリピンのルソン島にて、22歳で戦死しているという。
(亡くなった日は、なんと僕の誕生日と1日違い。。。知った時はじゃっかん鳥肌立ちました。)
今年、祖母の方の実家の墓を参った時、墓誌にその大伯父の名前が刻まれていないことが話題になった。
大伯父は次男であり、少し年上の長男がいるのだが、長男の名前と、曾祖父、曾祖母の名前は刻んである。
しかし、大伯父の名前だけがない、これはどうしたことかと、母や叔母と色々話をした。
一つには、戦後だいぶ経ってから建てられたお墓なので、戦中に亡くなった大伯父の名前は、あえて刻まなかったのでは?という意見。
もう一つには、戦争で亡くなったから、靖国神社に軍神として祀られているので、墓には魂が入っていないのでは?とか、
あるいは、どこかにもう一つお墓があるのでは?とかいう意見が出たが、それは誰も知らず、どうもはっきりしない。
そこで、いい機会だったので、大伯父の人生に関して、分かる範囲で調べてみることにした。
22歳の若さで戦死した大伯父。
優秀な人だったという。
続く
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2018.10.10
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2018.10.10、本日、清明院は何気に9周年を迎えました。
これもひとえに、患者さん、スタッフ、先輩、後輩、皆々様のおかげであります。
本当にありがとうございます。<m(__)m>
この9年間、あっという間でしたが、色々とありました。
東日本大震災が来た時。
(開業して1年半経って、せっかく軌道に乗ったのに、振出しに戻った。。。)
スタッフが足らなくなった時。
(今も足らない。。。)
移転した時。
(お金がまったく無くなった。。。)
役所にイジメられた時。
(苦笑・・・イヤだった。。。)
このように、数々の困難を経つつも、清明院、開業以来、どうにかこうにか、外来、往診ともに、上り調子であります。
もっともっと多くの患者さんに、一人でも多くの患者さんに、東洋医学、伝統鍼灸の素晴らしさを知ってもらいたい。
今後も清明院は、まったくブレずに「それのみ」でいきます。
(てか、俺、それしかできない。。。)
今後も皆さま、何卒宜しくお願い致します。<m(__)m>
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2018.10.08
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最近、面白い本を読んだんで、紹介します。
(文字クリックでAmazonのページへ)
幕末から明治、今ではなんてことない病気である脚気(かっけ)が非常に恐ろしい病気であったことを知っていますでしょうか。
そして、この病気の治療をかけて、東洋医学と西洋医学の名医たちが真剣に勝負した時代があったことを知っていますでしょうか。
このことは、以前少し書きました。
また、脚気を考える上で知っておいた方がいい知識として、麦飯のお話があります。
僕が畏敬している、浅田宗伯先生も出てきます。
浅田宗伯という人物 参照
このブログで何度となく書いていますが、この時代、東洋医学が、真剣に頑張ったけど、それでも潰されていく様子が、よく分かる内容になっています。
東洋医学に関わる人には、患者さんも含めて、全員に読んで欲しい内容です。
(分厚い割には文字数もそこまで多くなく、読みやすい本だと思います。)
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2018.10.07
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清明院、相変わらず清明保育園になることがあります。
最初は一つしかなかったぬいぐるみも、気付いたらどんどん増え、さいきんではついにプリキュアが加わりました。
プリキュアは5~10歳くらいの女の子には圧倒的破壊力です。
3歳児くらいまでのアンパンマンに匹敵します。(笑)
いやー、すげえな、バンダイ。
アニメーターの職人魂はもちろん、バンダイやタカラトミーの圧倒的企業努力を感じます。
僕も精進します。
清明保育園のラインナップ、まだまだ増えそうな勢いです。
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2018.10.06
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本日も、診療終了後は関西へ。
北辰会のエキスパートコースに参加します。
台風は日本海上に行ってくれたようで、良かったですね。
(一週間前の台風め。。。(~_~;))
この週末は、全国的に天気は良いようですし、体育の日で連休ですから、観光地は混むでしょうね。。。
・・・そんな時でも、ひたすら勉強であります!!
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2018.10.05
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今日は、朝から思いがけず刺絡が活躍しました。
刺絡については、かつては全患者にやっていたような時代もあったんですが、今では奥の手的に使うことが多いのですが、今日は妙に刺絡の日でした。
秋分過ぎて、間もなく寒露。
正気も邪気も、それ相応に動きます。
このタイミングで、邪気、特に邪熱が血絡に入っちゃってると、やっぱり刺絡しないと動かない、あるいは動きにくいのって、ありますね。
因みに「血絡」については『黄帝内経』(特に霊枢)にたくさん出てきます。
いつかまとめましょう。
・・・で、それを動かすと、エライ深いところまで響くなあー、と、感心しちゃいました。(゜o゜)
実に勉強になりました。<m(__)m>
ありがたい。
毫鍼とは別のオーダーの最たるものとして、非常に重要な手法だなあと、痛感しました。
これはホント、使いようによっては非常に強い武器なのになー。。。
ある意味、翳しに匹敵するよ。
「翳す」意味 ⑤ 参照
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2018.10.03
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最近、清明院では「Googleのクチコミ」に患者さんの声を書いていただいております。
Googleで「清明院」と検索すると、一番上には「Googleマイビジネス」の簡易なページが、清明院の地図とともに表示されます。
Google検索→「清明院」
清明院のHPやこのブログには、開業以来約10年に渡る、僕の色々な日々の想いが詰まっている訳ですが、まだ清明院を知らない人にとっては、
検索段階では、「Googleマイビジネス」のページで、場所と電話番号くらいしか見てくれない、という現実があるそうです。
(苦笑・・・まあそりゃそうだわな。)
・・・で、ここには「クチコミ」というのがあり、そこでの評価が低かったり、高かったりすることを患者さんが参考にして、HPを見たり、
ブログを読んだり、という流れになるんだそうです。
(なんか”食べログ”みてえだね。。。(苦笑))
・・・ということは、最初の段階でクチコミに何も書いてなかったりすると、HPすら見てもらえない、一生懸命書いてるブログすら読んでもらえない、
ということになるようです。
これでは清明院の考えを、多くの人に知ってもらえない訳です。
「なるほど、これは良くない!」
ということで、先週あたりから患者さんに声をかけて、Googleのページにクチコミを書いていただいています。
開業以来変わらない、
「どんなにいいことをやっていても、知ってもらえなければゼロ意味。」
の精神です。
僕は、ヘンに隠遁趣味を決め込んで、
「分かる人が分かりゃいいのさ~ ケセラセラ~~」
みたいなのは嫌いです。
鍼は良いものです。
伝統医学は良いものです。
だったらそれをどんどん発信して、結果を出し、世に問う。
この絶え間ない努力は、生きてる限り、出来る範囲で継続した方がいいと思っています。
何しろ鍼灸受療率は国民の5%、それもほとんどはマッサージの延長としての局所治療でしょう。
伝統的な鍼の良さを知らない人が多すぎる。
清明院の患者さん達は皆さんアツいので、今、クチコミがバンバン増えています。(笑)
ホントにありがたいですね。<m(__)m>
・・・あっという間ですが、清明院、あと1週間で9周年です。
最高の10周年が迎えられるように、さらに気合い入れていきます☆
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2018.10.02
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こないだ、『医道の日本』通巻900号という記事を書きました。
・・・で、900号の続編の、80周年記念号がついに発刊しました!!
テーマは「技の原点・学びの原点」であります。
すでにFBでは色々な人が拡散しているので、持っている人はすでに持っているでしょうが、ここで再度告知しておきます。
(FB、Twitterなんかのいいとこは即時性だねやっぱ。)
『医道の日本』誌の創刊はなんと1938年(昭和13年)、戦前です。( ゚Д゚)
そして発刊にはあの柳谷素霊先生が大きく関わっています。
(以前も書きましたが、もともとは日本高等鍼灸学院の同窓会誌『蓬松』が始まりだったのです。)
昭和初期の東洋医学復興期、近代鍼灸漢方の黎明期から現代に至るまで、単なる商業誌としてでなく、学会誌、求人誌的な役割まで果たしながら、
斯界を見つめてきたモンスター雑誌です。
この記念すべき80周年記念号に、清明院元副院長(現・簡松堂院長)の松木宣嘉先生が、前号(900号)で私の名前を出してくれたため、私も寄稿することになりました。
現在、柳谷素霊先生が初代校長であった東洋鍼灸専門学校で教鞭をとっている関係上、奇縁のようなものを感じましたね。。。
同じ号には、(一社)北辰会会長の藤本蓮風先生も寄稿しており、同じテーマで、各会派や団体を代表する、錚々たる先生方がずらりと並ぶ中、
若造(たぶん圧倒的に一番年下)として、恥ずかしながら駄文を書かせていただきました。(苦笑)
でも、どこかの誰かには響くんじゃないかと思って、過去の色々な場面を思い出しながら、限られた項数ながらも、真剣に書きました。
現在、ざっとすべて読みましたが、どの先生も個性的であり、真剣に自分の人生を生きてこられたわけですから、随所に響く言葉、響く考え方がある筈です。
僕もずいぶん煽られました。(笑)
ぜひ読みましょう!
永久保存版です!!
9月号のご予約はこちら!!
10月号のご予約はこちら!!
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2012.07.08
2016.05.09
2016.04.12
2016.04.28
2015.06.04
2012.12.23
2014.02.17
2014.04.26
2025.04.04
2025年3月の活動記録2025.04.01
2025年 4月の診療日時2025.03.13
2025年2月の活動記録2025.03.01
2025年 3月の診療日時2025.02.06
2025年1月の活動記録2025.02.01
2025年 2月の診療日時2025.01.21
順天堂東医研、第6回公開シンポジウム「総合診療と東洋医学」2025.01.10
2024年12月の活動記録2025.01.02
2025年 1月の診療日時2025.01.01
謹賀鍼年!!2024.12.28
年内診療終了!!2024.12.14
2024年11月の活動記録2024.12.01
2024年 12月の診療日時2024.11.07
2024年10月の活動記録2024.11.01
2024年 11月の診療日時2024.10.10
清明院15周年!!!2024.10.09
2024年9月の活動記録2024.10.01
2024年 10月の診療日時2024.09.19
2024年8月の活動記録2024.09.01
2024年 9月の診療日時2024.08.03
2024年7月の活動記録2024.08.01
2024年 8月の診療日時2024.07.10
患者さんの声(70代女性 目の痛み、不安感)2024.07.05
2024年6月の活動記録2024.07.01
2024年 7月の診療日時2024.06.05
2024年5月の活動記録2024.06.01
2024年 6月の診療日時2024.05.10
2024年4月の活動記録2024.05.01
2024年 5月の診療日時2024.04.13
(一社)北辰会、組織再編。2024.04.02
2024年3月の活動記録2024.04.01
2024年 4月の診療日時2024.03.14
2024年2月の活動記録2024.03.01
2024年 3月の診療日時2024.02.15
2.17(土)ドクターズプライムアカデミアで喋ります!2024.02.04
3.10(日)(公社)群馬県鍼灸師会で講演します!2024.02.03
3.3(日)「浅川ゼミ会」にて講演します!2024.02.02
2024年1月の活動記録2024.02.01
2.25(日)順天堂東医研、第5回特別公開シンポジウム「日本とインドの伝統医学」に登壇します!!2024.02.01
2024年 2月の診療日時2024.01.11
2023年、9月~年末の活動一覧2024.01.05
診療再開!!2024.01.01
2024年 1月の診療日時2023.12.30
2023年、鍼療納め!!2023.12.21
(一社)北辰会、冬季研修会のお知らせ2023.12.01
2023年 12月の診療日時2023.11.26
患者さんの声(60代女性 背部、頚部の痒み、首肩凝り、高血圧、夜間尿)2023.11.25
患者さんの声(70代女性 耳鳴、頭鳴、頭重感、腰下肢痛、倦怠感)2023.11.22
12.3(日)市民公開講座、申し込み締め切り迫る!!2023.11.21
今週からの講演スケジュール