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これまでのお話
総合と総体 4 参照
◆「総合」「総体」それぞれの意味
そもそも、「総合」って言葉はどういう意味なのか。
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』によれば、これはもともと、哲学用語なんだそうです。
意味は
人間の意識の最も重要な働きの一つであり、多くの認識内容を一つの全体的な認識へ統合することをいう。
なんだそうです。
まあ、「総合」の一例を挙げれば、私、竹下を認識する時に、
男で、清明院の院長で、鍼灸師で、ロン毛で、バイク乗ってて・・・、
と、竹下にまつわる様々な「部分的な認識」を統合して、「全体的な認識」をする、ということです。
こうやって、認識する対象の、部分的な情報を集めていって、それを全部合わせて(総合して)、認識する、というのが「総合的な」認識の仕方です。
西洋医学の、人体や疾病に対する認識の仕方は、このやり方に近いと思います。
では「総体」はどうか。
これは『デジタル大辞泉』によれば、読んで字のごとく、って感じですが、「物事の全体」という意味です。
我々東洋医学は、患者さんの病を認識しようとするときに、舌診や脈診をしますが、それは、
「舌そのものの状態」「脈そのものの状態」
のみを診ているのではなく、それらを通じて、病のみならず、もっとTOTALな、患者さんの体全体、「総体」のバランスの不具合を診ているのです。
〇
先日まで、TVで『総合診療医 Dr.G』という番組がやっていました。
(浅草キッドが司会してたやつね。)
西洋医学の世界では、総合診療医のことをジェネラリスト(Generalist)とか、ドクタージェネラル(Dr.general)と呼ぶそうです。
そう言えばいつだったか、学生時代に、鍼灸学校に教えに来た医師の先生が、
「皆さん鍼灸師の先生方には、今後、地域医療の中で、総合診療医の役割を担っていっていただきたいのです!」
なんて発言をしていたように思いますが、この先生からしたら、最大限鍼灸師のことを立てた言い方をしたつもりかもしれないが、当時これを聞いた時、東洋医学の特質を分かっていない、実は見下した発言にも思えました。
先ほど言うように、「総合」というのはあくまでも「部分」への認識を寄せ集めた集合体で、西洋医学が得意とする認識方法。
先ほどの先生がいう「総合診療医」というのは、広範な”西洋医学の”医学知識を持ち、患者さんが訴える様々な症状や所見(部分的情報)から、目の前の症例が何科にかかるべき疾患であるのか、
あるいはどこの部分の、どういった異常で起こっている症状なのか、などを、様々な検査を通じて、ビシッと、ピタッと診断、治療、他科へのコンサルができるドクターのことであろうと思うが、
それはどう考えても西洋医学の各科に広範に精通した「医師」の高度な仕事であり、僕ら鍼灸師、東洋医学サイドは、そんなの全くの門外漢であり、
現実的にはかなり限界の見える考え方だと思うのは私だけだろうか。
(もちろん、総合診療医の存在が、地域医療にしても何にしても、非常に重要な存在であることは分かっていますが。)
この言い方で言うなら、僕ら鍼灸師は「”総体”診療医」でしょう。
徹頭徹尾、東洋医学の考え方に基づいた「総体診療医」としての診断治療が出来るから、西洋医学が出来ないような病を治すことが、時に可能なんじゃないでしょうか?
今日も、西洋医学ににかかって全然良くならなかった患者さんが、鍼ですぐに治っていかれました。
こういうことが、清明院でも、僕が知っている多くの先輩や後輩の治療院でも、日常的に起こっているのは、単なる偶然や、何かの間違いなんでしょうか?
あるいは暗示や心理効果なんでしょうか?
続く
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さきほど、
有先生から総合と総体を読んでどう思う?
って質問をいただいて、
1から5までを読んで
とりあえず感じたことを書きます。
一人の人間を観察する方法として、
書かれている通り、
西洋医学が得意とする総合的なアプローチによる分析、
東洋医学が得意とする総体的アプローチによる分析があるとして、
その二者って、
いわゆるアプローチの違いに過ぎないのではないでしょうか。
一人の身体がどうなっていて、
どう処置すべきかという考察においては
同じく一つの真理が存在するはずでありますから、
結局のところ、
総合的アプローチにしろ、
総体的なアプローチにしろ
その真理に到達するという一つの目標に対する
位置関係については等価値なのではないかなと感じます。
ですが、
やはり性質上、
総体的なアプローチの方がより
起こっている事象の輪郭は掴みやすいとは思います。
そこに臨床上の東洋医学優位は現状、存在しますよね。
また、
総合的アプローチにおいて
時に木をみて森を見ず、
或いは誤治に陥りやすい原因としては、
総合的分析法そのものにあるのではなく、
ひとえに、データ不足、
経験不足、
いち分析方法としての甘さにあるのでは
ないかと思います。
我々人類は、古えから総体的分析によって
多くの年月を費やして来ましたが、
総合的アプローチをし出したのはいつからでしょうか。
総体的分析法からするとまだまだ若手ホープであるのでは ないでしょうか。
これから西洋医学は、
或いは、
総合的分析は、
その学問自体を磨き上げることによって、
総体的分析と同レベルの水準に話が出来るまで
研ぎ澄ませていく必要があるのではないかと僕は思いました。
これからの西洋医学は
仮に一つの部分を見たとして、
そこから離れた部分との関連性、
或いは、目に見えなかったり、
これまでなかったとされて切り捨てられて来たものへの
接触が計られることによって、
総合的アプローチと総体的アプローチの違いは
やがて小さくなっていくもんだろう、
或いは、そうあるべきだと信じています。
とりあえず、
約束したので、超特急で1から5まで読みました。
続きは明日読みますね〜
追記です。
先ほどから発展させると、
総合的な分析がもっと高みを目指せば、
そのうち
総合と総体という区別も消え去るのではないかなと言うのが1点と、
もう一つは、
東洋医学は
総体的と言うけども、
傷寒論や金匱要略などでは、
東洋哲学における
総体的な立ち位置を基礎としながらも
時に、
本と標を明らかにすることで、
弁証論治というフィールドの中で、
敢えて、
(相対的に)総合的な処置をして
総体的に整合性を取るということまで
行うから、
東洋の智恵は、
総体と総合をきちんと軸を動かしながら
包括して扱っている。
そういうところまで分析してるんだぞ、
やってみろ西洋医学と
叫びたくなりますね。
裏返せば、
西洋医学はその分析方法を研ぎ澄ますことで、
総合的な視点を基礎に置きながら、
時に自由自在に総体的な視点を持ち出すという
ことも、
部分を見つめる先に生命を大きく俯瞰すること
が出来る領域に到達すれば可能なのではなかろうか。
そうなれば、西洋医学も東洋医学もまさに境界がなくなりますね。
ワクワク。
玄弌先生
ありがとうございます。
なるほどね。
唯物論的、機械論的分析からの総合、という方法論だと、
「木を見て森を見ず」というミステイクは必然なんだけど、
それがもっともっと修正された時に、境界は無くなってくるかもね。
そこでどういう話が出来るのか、楽しみだね。
今後、素粒子物理学だの、量子力学が、医学分野でどう実用されてくるか、
ワクワク。(笑)