東洋医学 伝統鍼灸 清明院

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東洋医学は宗教か。 15

2016.09.08

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↑↑三島由紀夫が書いた書「清明」。奈良の超絶パワースポット、大神神社にあります。

 

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これまでのお話

 

東洋医学は宗教か。

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東洋医学は宗教か。 13

東洋医学は宗教か。 14       参照

 

 

さて、どんどんいきましょう。

 

 

◆宗教や哲学、思想が対立するという現実

 

 

ここまで、哲学や宗教や、僕自身の実体験の話をしながら、

 

「東洋医学は宗教か。」

 

という、ややこしい問題について、あれやこれやとダラダラ書いております。(苦笑)

 

 

僕のこのブログは、毎日の診療の合間に清明院の院長デスクに座りながら、特別何か本を調べたりしながら書いているわけでもなく、

 

ほぼ思い付きで、僕が喋ってるのをそのまま文章にしていく感じで、1記事15~30分くらいでサクサク書いているので、

 

時には話があっち行ったりこっち行ったり、ややこしかったり、読みにくかったりするかもしれませんが、そこはまあ、

 

これは別に書籍でも論文でもないので、ご了承ください。

 

(そういう感じで書かないと、7年も毎日なんて、書けましぇん。(*‘∀‘))

 

(因みに論文とかを書く時は、僕はけっこうキチーッと調べ、色んな人の意見を聞き入れながら書きます☆)

 

 

インターネットというのは、超高性能拡声器であると同時に、僕のようなド庶民の大変優れた「ガス抜き」なんですよ。

 

 

 

 

・・・まあともかく、こないだ、「排他」は良くないね、というお話をしました。

 

 

しかしこれに対して、

 

「いや、排他は別におかしくない!むしろ思想というのは、最終的にそうなるものである!!」

 

という激しい意見もあります。(笑)

 

 

まあ考えてみると、「排他」は良くない、なんてのはいかにも理想論的で、現実を見てみろよ、という話なのかもしれません。

 

 

戦争、民主主義、裁判など、あらゆる社会の現実や社会のシステムは、全て対立や、パワーバランスの不均衡が根底にあります。

 

(必ず敗者、つまりある意味”排他された側”が存在する訳ね。)

 

 

確かに、そういう現実を無視してはいけない。

 

 

鍼灸医学というものは、術者側も患者側も、現実社会を生きる人たちのためにあるもの。

 

 

ある思想や哲学や宗教を共有するコミュニティ(共同体)が味方を増やして、大きくなっていくときに、そのコミュニティの中心人物は、

 

「あっちの考えより、こっちの考えの方がいいぜ!」

 

という主張をしなかったら、最初からこっちのことをよく調べてくれて、しかも、よく分かってくれる人(つまりファン)しか寄ってきません。

 

 

人がすでにいいと思っているモノよりも、さらにいい、ということを上手にアピールしなければ、衆目を集めることは不可能でしょう。

 

 

また、

 

「あれもいいけど、これもいいよ。」

 

では、説得力がイマイチないし、訴えとしてパンチが弱いし、それでは、そのコミュニティの繁栄が、かなり限定されたものになってしまいます。

 

 

こういった理由から、自分自身の考えの正当性を説明する時に、どうしても他者批判を伴う場合が出てきます。

 

 

またそうした方が、より分かりやすく、相手に訴えることが出来やすいでしょう。

 

 

ただここに、分不相応な大言壮語が伴うことも多々あります。

 

 

いわゆる”ハッタリヤロー”です。

 

(笑・・・でもこれも、時には大事だったりします)

 

 

そもそも、宗教であれ哲学であれ、何かに対する「自分自身の考え」というのも、親や強烈な指導者から叩き込まれた盲信的絶対的情報でもない限りは、

 

人生の中で「自分で」色々な実体験を伴いつつ、色々な情報の忖度の繰り返しと、「他者批判」から生まれてくるものなんですよね。

 

 

そう言う意味では、自分自身の確固たる考え方や、それを共有できるコミュニティが構築されてくるまでの過程で、

 

自分と他との「対立」というのは避けられない。

 

 

その闘争を経て、結果的に自分の考えと、自分のコミュニティが繁栄して、成熟して、安定したものになれば、「排他」は生まれにくくなっていくんじゃないかな、

 

とも思います。

 

 

繁栄や安定によって、気持ちが満たされ、

 

「あいつらももう別に俺のこと邪魔してこねえし、俺は俺で仲間たくさんいるし、まあいいか。」

 

と思えるようになってくるからでしょう。

 

 

一見余裕をかましたような、その状態というのは、結局は「闘争」の結果、勝ち取ったものなんですよね。

 

 

 

 

・・まあー、こうやって考えると、人間には何らかの形での「ガス抜き」というのは、非常に重要なんだなー、と思いますねえー。

 

 

そういう意味では「インターネット」って、いい道具だよねえーー(*‘∀‘)

 

 

2ちゃんねるやSNSが、イジメや犯罪を助長していると言う人がいるが、それらがイジメや犯罪を抑制してる方の効果との比較はしたのか??

 

 

イジメられっ子がSNSで同じような境遇の友達と知り合って人生が明るい方向に変わることだってあるだろうし、ストレスでブチ切れんばかりの犯罪者予備軍が、

 

ネットに好きなことを書き込んで、誰かの同意や承認を得ることで、ストレスの溜飲が下がることだってあり得るでしょうに。

 

 

また、コンプレックスの塊のような人物が、ネット上の文章なり写真なりで自分を飾ってカッコよく見せて、賞賛を得ることで、満たされることもあるでしょう。

 

 

・・・うーん、話が逸れた。(苦笑)

 

 

 

続く

 

 

 

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